戦争が起きる理由について考えてみた【知恵と欲】

2022-03-07

ウクライナ問題を発端に、

・なぜ戦争が起きてしまうのだろう?

・戦争が起きない世の中は実現不可能なのか?

と考えてみました。

 

 

結果。

やっぱり戦争を防ぐのって無理なんだろうなーと思いました。

 

 

普通の人にとっては、そんなの当たり前じゃーん級の話なのかもしれないけど。

改めておっさんは納得しました、という話です。

 

 

まず。

そもそもの人間について考えてみたわけ。

人間って他の動物よりも脳みそが発達した生物ですよね。

つまり、考えることができるようになった。

だから、知恵という力がある。

これが、「生存」以外の、高望みの欲望に目をつける力となった。

そして、その欲を現実にするために行動までできるようになったわけだ。

 

野生の猿やライオンは生きるための欲望のみを素直に表現するでしょう。

その先の高望みは基本的にありません。

強くなってボスザルになろうとするのも、生存に基づくもの。

 

でも。

人間はそれ以上を求める。

つまり、知恵によって、より多くのものを得る、という損得勘定ができるようになり、そしてより多くのものを求めるように振る舞いはじめた、というわけ。

 

その成れの果てが、今回の戦争でもあり、世間の諸問題、いわばすべての悩みの種にもなっている。

そう考えるのは決して無理な話ではないでしょう?

 

 

アダムとイブのイブさんが食べたりんご(=知恵の実)とは、まさに。

Original Sin(生まれもった罪)とは、まさにまさに。

2,000年前もからそう考えられていた。

※ちなみに僕はキリシタンでも進撃の巨人の回し者ではありません。

 

この欲望を実現させる力である「知恵」。

これを「理性的に制御しようね。自分勝手はダメよ。」とする試みは、教育でも法律でも取り上げられてきました。

そうして、我ら人類はその欲望の制御に挑戦してきた。

結果、多くの人は理性的な行動というものを理解して、強盗もしないし、詐欺もしないし、殺人もしない。

 

でも。

統計的に標準偏差の考え方に則ると、ナインシグマの最果てよりもっと先、ずーっと端の方では、理性的な行動ができない人が出てくる確率はゼロではありません。

これは至極当然のことですよね。

 

つまり。

戦争を含め、常軌を逸した行動が起きてしまうのは、悲しきかな、知恵を持った人間の行動としては極めて低い確率で確実に存在する、という考えに至ってしまう。

それが今回のプーチン大統領の行動なのだと思います。

 

もちろん戦争だけではありません。

大谷翔平くんの二刀流だって、藤井聡太くんの5冠だって、普通の確率論を考えれば、なかなかあり得ない話です。

つまり、それと同じように、滅多に起こることではないけど、戦争は起きてしまうものなのだ、と考えても不思議ではない。

 

ここまでの話は、無理な論理ではないよね。

あながち間違いじゃない考察なのだと思う。

 

では。

それを受けて、今回のウクライナ問題。

人類にとって、起きて当然とも言える戦争が、今まさに起きた、という話なのだと考える。

私たちにできることはなんだろう。

 

第一に。

生命を脅かす行為をとめる試みをしなければいけない。

理由は、私たちは人類だから。

 

同種を存続させるために、子孫を残すプログラムがDNAに書き込まれています。

異性を見て魅力的だなーと思ったことがある人はこのプログラムが発動しているからです。きっと。

命を繋ぐプログラムが発動している。

その中で、殺すなんて逆行の極みです。

知恵を持ったからといって、優先順位を間違えてはならない。

もっとも、民族意識が極めて低い日本人だから人類を同種とみなせるのかもしれないけど。

 

第二に。

自分たちが標準偏差の端にいる人たちから生命を脅かされないようにしよう。

抑止力を身につけようということです。

国単位で考えるならば、残念ながら、この抑止力=軍事力なのかもしれない。

軍事力があるからといって、それを使って事を企むのではなく、あくまで抑止のために軍事力を有する。

ベクトルは間違えてはいけない。

 

最後に第三。

常に警戒すること。

当然ながら、すべての出来事に100%集中していては時間がいくらあっても足りません。

だから、警戒すべき勘所に対して、効率よく警戒する。

この勘所は、歴史を学べばわかってきます。

 

本を読みましょう。

それでも眠たくなっちゃう人は、中田敦彦さんのYoutube大学で勉強しましょう。

いまは学ぶ機会をいくらでも作れます。

これにより最小限のリソースで警戒する。

 

 

以上3つ。

生命を助ける、抑止力を持つ、警戒する。

穏やかな生活のなかにも緊張感は常につきまとう。

私たち人類は、知恵と引き換えに、平穏を失ったとも言えるのかもしれません。

 

 

では、これを個人に置き換えて考えてみる。

・生命を助ける

→目の前の困っている人を助けよう。ここはシンプル。まずは関心を持とう。

 

・抑止力を持つ

→今でいうと、仲間・金・力かな。それを身につけよう。あら、プーチンさん全部持ってるね。

 

・警戒する

→歴史を学び、ニュースを見る。自分の意見を持とう。ちきりんさんの最近の著書がまさにこのタイトルです。

 

 

 

ふと。

宇多田ヒカルさんが2008年頃のブログで「植物のように生きたい」と書いていたのを思い出しました。

今回ウクライナ問題から戦争について考えてみて、言わんとすることが通じる部分はあるのかもなぁと感じました。

 

14年前か。。

宇多田さん、20代でこんなこと感じてたんだというのが追加の驚きです。

マーケットって若い世代をここまで考えさせる力があるんだな。。

 

欲まみれの社会、なんだか疲れますね。

欲望に関心が強くない一般人の方が、心が疲れてしまいますね。

でも、ほとんどの人類の思いは一つ。

ほとんどは仲間です。

休憩しながら少しでも前を向いていきましょう。

それでは。